「なぁ、…背中合わせやのぉて、前おいで」
「いーや」
「意固地やねぇ」
「…顔、見せたくないんだもん」
そばにいたい
でも、顔は見せたくない
…こんな、嫉妬で歪んだ顔なんか
「俺は顔、見たいんやけど…」
「…だーめ」
「いつもの仕返しやろか」
「そうだもん」
「そんなら我慢するわ…」
ため息をつきつつも、膝を抱えて丸くなっているあたしの背中に寄りかかるよう体重をかけてくれる。
顔は見えない
でも、そばにいてくれる
「横浜の夏は…ほんま、暑いなぁ」
「じゃあ、帰ればいい…」
「千秋が離れんなら、俺も残る…当たり前やろ」
「じゃ、我慢すればいい」
「せやから、こーして我慢しとる」
更に背に体重がかけられ、ほんの少し身体が潰れそうになる。
「………」
「…頑固やねぇ、ほんま」
「………」
「誰かさんそっくりや」
「…千秋ほどじゃないもん」
「誰、とは言うてへんよ」
触れ合う背中が微かに揺れる。
これは、蓬生が笑ってる証拠。
「…俺にそっくりや」
「はあ?」
驚きのあまり、振り返ろうとしたけれど、蓬生がしっかり体重をかけているので振り返れない。
「蓬生が、頑固?」
「気づいてへんかった?」
「……うん」
「ほな、上手に誤魔化してた甲斐もあったちゅうことやね」
一体、何が頑固なんだろう。
どこか、自分…というか、今の自分とそっくりなんだろう。
ぐるぐる…ぐるぐる…
体育座りの格好で、半ば潰れながら考えていたら、セミの声に混じって蓬生の声が聞こえてきた。
「嫉妬しとるんがわかってても、そんな顔見せとうない。気づかれたくない…けど、離れとうない」
「……!!」
「暑いんが嫌や言うても、こうしてあんたのそばにいたい」
「……」
「堪忍な…気づかん振りしよ思うたけど、無理やったわ」
思いきりかけてくれていた体重が、不意に軽くなる。
それが急に不安で、寂しくて…顔をあげようとする前に、背後からぎゅっと抱きしめられた。
「…嫉妬するほど、俺に焦がれてくれるなんて嬉しいわ」
「し、してないもん」
「俺は、いつでもしとるよ。星奏のお人にも、至誠館のお人にも…そして、千秋にも」
「え…」
「けど、嫉妬してる自分を見せとうない…って、言うてる間に、あんたが他の男と話したりするのを見るのは…嫌やねん」
「…………蓬生」
「だから、も見せて。怒っとっても、泣いとっても…どんな表情のあんたも、愛しとるよ」
抱きしめてくれる手に、自分の手を乗せる。
そして、勇気を持って…首を逸らして、背後の蓬生を下から見つめる。
「なんや、そないええ顔隠しとったなんて、ずるいわ」
「…いい顔って?」
「俺のことが、愛しゅうてたまらんって…誘う表情や」
「馬鹿…」
「の馬鹿は、好き…言う意味やろ」
あぁ、もう…どうにもこの人には敵わない。
隠しておきたい醜い気持ちも、彼にかかったら魅力的だと言われてしまう。
そんな事言われたら、あとは丸裸の気持ちでぶつかるしかないじゃない。
「ステージでは…我慢する。だから…それ以外で、他の子に触れないで、触れさせないで」
「…姫さんの望みのままに」
「今度触られてるのみたら…おねだりするからね」
「怖いわぁ…なにねだられるんやろ」
「蓬生が貯金と相談しなきゃいけないようなもの」
「…ふふ、せやったら二人の家でも買おか」
「冗談、だよね…」
「さぁ、どうやろ」
一瞬、通帳を見せてもらいたくなったけど、それは頭の端へ押しやる事にした。
だって、それをみるということは…今日みたいに、蓬生がファンの子と仲良くしているのを目の当たりにしなきゃいけないってことだもん。
「いい…信用してるから」
「今度から気ぃつけるわ…あんた以外、触れさせんように…ね」
誰もあたしたちの間に、入らないで。
二人の間に、隙間なんてないんだから…
それを態度で示すよう、どちらともなく仲直りのキスをした。
蓬生には嫉妬すると思うんだ。
だって来るもの拒まず、去るもの追わず。
でも、特定の相手が出来たら来るものは拒んでくれると思うんだ。
だがしかし、自分が好きな相手が去ろうとしたら、悲しそうな表情で手離しそうでほっとけない。
離したらあかんて!とか見てるこっちが言いたくなる(笑)
だから蓬生がそんなことしないよう、考えないよう。
そんぐらい愛してやってくれ……って誰に言うてる?(苦笑)